
上映直前ロングインタビュー
2022年、福井県の事業「福井の方言愛着ましましプロジェクト」にて撮影した映画『時のおと』。福井の方言を“音”と見立て、その“音”が奏でる街の物語を紡いだ長編映画です。サイトはこちらです。
小浜市、福井市、南越前町、鯖江市、勝山市を舞台にして、それぞれの街が持つ“音”と、方言という“音”が見事に調和したこの作品が、完成から2年、とうとう劇場公開を果たすこととなりました。そこで、プロデューサーである私と、監督の片山享さん、勝山市編の主役である柳谷一成さんによる鼎談を行ないました。(取材・撮影場所:PRONTO福井駅前店)

宮田「この作品は1年間を通じて福井県の各地で撮影を行なってきましたが、自分の中でどんな変化がありましたか?」
片山「オムニバス作品として手探りの状態で始めて行ったのですが、季節を追うごとに徐々に『こういうことがやりたいのではないだろうか』というものが見えていった感覚があります」
宮田「最初は5分くらいの短編を5か所で撮影して、新幹線が開通した後に福井駅構内で流す、という話でしたが、結果的に長編映画になっていきました」
片山「福井を発信するにあたって、福井駅構内でのみ流すよりも、海外の映画祭や劇場公開などでより遠くの人たちに伝えたほうがいいのではないかと思い、長編映画にしたいと県に伝え、了承をいただいたので、本当に県の方には感謝しています」

ほとんどの出演が県民
宮田「今作品では俳優を生業にしている方の出演はかなり少なく、出演するほとんどが地元の人でした。南越前町河野編では俳優は一人もおらず、地元の人だけで撮影という、かなりハードルが高い撮影になったと思います」
片山「秋編は一番不安がありました。出演をしていただく方々、特に主演の千馬龍平さんとは沢山話をさせていただきました。その中で、継承も重く受け止めているが、今漁師であることに誇りを持って生活しているということを話してくださいました。僕としては、どうしても映画というフィクションを作るにあたって、盛り上がり的に「継承に焦る」という主人公の姿を撮らなきゃって思っていたんです。でも、生きている人はそうじゃなく、もちろんその気持ちもあるが、今をちゃんと生きている、そんな言葉をもらったんです。映画は後世まで残るもの、それも自分の地元で自分自身の役を演じるわけですから、僕にも責任が当然あるわけですし、ご本人の人生をないがしろにするわけにはいかないです。ですから改めて台本を書き直しました。ただ、生活により物語が近付くことで、ストーリーという要素が抜け落ちやしないかという不安が自分の中にありました。この映画が伝えたいことは伝わるのだろうかという。しかし完成し、試写を行ない、映画関係者の方々の賞賛を目の当たりにし、やはり生きている人を撮るというのは画を通して、音を通してとてつもない表現になるんだということを改めて知りました」
宮田「本人が本人役を演じるという、まるでドキュメンタリーのようなフィクション映画になりましたよね」
片山「それでも出演者の皆さんはフィクションとしての台本通りにセリフを語るんです。自分の住む街と、映画の舞台としての街、違うはずなのに全員がその世界でちゃんと生きている。それが素晴らしいと純粋に思いました」

勝山に住む
宮田「片山監督は、2016年から開催している『ふくいムービーハッカソン』で監督としてデビューして、そのときから地元の人たちと一緒に映画を作ってきてもらいました。その後の長編映画『轟音』や『いっちょらい』も、地元の人が普通に当たり前のように演じていました。その経験が生かされるだろうな、と、この映画の進め方において安心できるものはありました。勝山市編の柳谷さんもこの前あたりから制作としてかかわり始めていますよね」
柳谷「そうですね、福井に慣れるという意味でも福井市編から関わっていたのですが、福井市編は純粋に『映画を撮る』という楽しい撮影現場でした。河野編も朝早いというのはあったにせよ、大変な現場、という感覚でもなかったんですが、いざこれから自分の撮影だとなった時に、簡易編集した河野編を観たんです。そしたら、出演者の方々も含めて素晴らしくて『このままではいけない、生半可な気持ちでは勝山編の撮影に取り組めない』と思いました。もちろん最初からその気持ちでしたが、河野編の素晴らしさに触れて更にその気持ちが強くなりました」
宮田「そこで、勝山市編の撮影が始まる1か月前から『勝山に住む』と決めたわけですね」

片山「自分もこの頃にはこの映画での『やりたいこと』も見えて、そのためには主人公である柳谷くんが自分の知らない地元の人との交流が深まっていればいいな、と思っていたところに柳谷くんからその提案があったので、撮影を進めるにあたってとても助かりました」
柳谷「役者として撮影の期間だけ、というわけにはいかないと思いました。移住者という役だったということもあり、実際に住み、勝山の方々やその土地を知ることが始まりでした。一人の人間として勝山との関わりを強くしたいと思いました」
宮田「といっても、そうそう簡単につながるというのも難しい話です。それに演じるために1か月間その場所に住むというのもこれまでにないような取り組みだと思いました」
柳谷「確かにこのような経験をさせてくださる現場はありませんでした。紹介いただいた勝山水菜農家の三嘴さんは、初見で厳しいお言葉を頂いたのですが、以降はとても優しく接してくださって、三嘴さんでなければ映画は成立しなかったと思います。でも1か月住むことができたのも、勝山の人たちが本当に一人の人間として接してくれたのと、制作陣の信頼があったからですね」
宮田「正直、撮影の頃には『普通に移住してきた人』のような雰囲気を醸し出していましたし、地元にかなり馴染んでいる空気がありました」
柳谷「撮影も住まわせてくれた場所で撮影しますし、役者でもあるのに『あ、撮影が入るんだ』というような、もはや他人事のような感覚にもなっていました」
片山「この1か月の間にどれだけ馴染んでいるんだろうと驚きでもありましたが、そういう姿を撮りたかったので、カメラを回しても本当に移住者というような出で立ちでした」

宮田「片山監督の素晴らしさは『日常で生きる人を撮る』という手腕に長けていることだと思っています。役を“演じる”人を撮るのではなく、役を“生きる”人を撮るというか。特に方言は役として演じると非常に難しいもので、それは生きた“音”にならないと思っていました。だからこの映画は素直に“ふくいの音”を奏でていると感じています」
柳谷「自分は勉強して福井の方言を話すのではなく、移住者ということで福井の方言と交わって、新しい“音”を作り出す役割だと思っていました」
片山「実際にそういうセリフが出てきますからね。それを意図して台本を作りましたし、それが自然にできるのも柳谷くんの演技力だと、素晴らしい役者だと思っています」
宮田「この映画は総じて方言を後世に残す“音の継承”という思いがあります。それを上手く台本に、街に落とし込んでくれたという印象がありました」
片山「それはとても意識しました。小浜市編は三丁町という風情が残る場所で、三味線の音を継承し、福井市編は日本人としての記憶に残る学生時代の音を再現し、河野編は町の営みを継承し、そして勝山市編はその継承を未来につなぐ、という意味合いを持たせて撮影してきました」

この映画の先に
宮田「この映画を撮り終え、演じ終えて、自分の中に何か変化のようなものはありましたか」
柳谷「正直、この作品を撮り終えた後、しばらくは何もできない、と思いました。一つの財産として自分の糧ともなりましたが、次に片山監督と作品を作るときに『あの経験を超えていけるのだろうか』という思いがありました」
片山「自分が映画で撮りたいと思っているのが“嘘のない世界”というか。映画=虚構という図式をずっと避け続け、“存在して生きている人”を撮り続けてきました。そして今回、それの究極ともいえるような作品を撮ることができた、という感覚がありました。だからこの先は現状維持ではなく、どうやって、何を撮っていったらいいのだろう、という感覚がありました」
宮田「片山監督は商業映画、というよりもヨーロッパの映画にあるような『シネフィル』という芸術性の高い映画を作ってきている感覚です。その高みに到達したような感覚ならば、その感覚を商業映画に落とし込む、ということもできそうです」
片山「そうですね、エンタメまではいかないかもしれませんが、お客さんにちゃんとストーリーを見せていく映画、シネフィルと商業映画のちょうどバランスのいいところを映画として作っていきたいと、最近思うようになりました。この作品で自分が撮りながら感動していたのもありましたが、違う感動もあるだろうと、まだまだやれることはあるかな、とは思っています」
柳谷「そういう意味では二人ともこの映画がターニングポイントになったと思います」
宮田「お二人ともお忙しい中ありがとうございました」
映画『時のおと』
1月31日~ ポレポレ東中野
2月28日~ メトロ劇場