会いたいという欲望
有休休暇を取って東京に来たのは本当に久しぶり…、というかあったっけ??
何しに行ったかっていうと、「福井県人会」なる集まりに参加するために。3年ぶりに総会とか懇親会とかするらしくて、東京在住の映画監督、そして“一番目の息子”・片山享くんから「『いっちょらい』の劇場公開前だし、宣伝しに行きましょう」と。こういう機会がなければそういう会の人たちと会うこともないだろうし、これはいろんな人と出会うチャンスでしょうと、喜んで有休休暇を申請してやってきました。
ここ。ここなんです。自分の原動力って。「人と会う」ということに躊躇わないんです。面倒だとも思わないし、億劫だとも思いません。それを楽しいと思っている自分がいるんです。何故楽しいかというと、人って一人ひとりが違う人生を歩んでいます。生まれも育ちも、交友関係も仕事でのつながりも。だから一人ひとりに価値観があるんです。その価値観を「知りたい」という“欲望”があるんです。ただ会う。会って話をする。会わなければその人のことは知ることもできません。
会ったあとは
じゃあ、知った後どうするのか、って? 誰かをつなげるんです。人はそれぞれにスキルと知識と情報と価値観と行動規範があります。つなげたら面白いんじゃないかって人、つなぐとその人にとっていいんじゃないかって人、向こうのつながりたい人、いろんな人をつなぐんです。自分の人脈をフル活用して。きっとここで「は?」って思う人いると思います。
いろんな福井人を見てきて感じることがあります。これはもちろん福井人だけに限らないかもしれませんが、行動に対してリターンを求めたがるんです。それもすぐに。だから目の前の数字が大事になったりするんです。これまで仕事をしてきて、福井の家電量販店『100満ボルト』を作った『サンキュー』の柴田清一郎さんの影響が、自分の価値観を形成するのにとても大きいです。柴田さんは名言、いわゆる“柴田語録”を残してきました。その中でも一番自分に響いているのが「数字は後からついてくる」です。お客様の求めること、喜ぶことをすることで、数字は後からついてくる、という感じの言葉でした。
だから、いつも損しているような行動に見えて、よく「何してるんですか?」って言われることもあって、あまり理解されません。公私ともに(笑) まずは与える。その結果、数字はついてくる。10年くらい活動していた「BNI」のコンセプト・ギバーズゲイン(giver’s gain=与えるものは与えられる)そのものです。日本語で言うと「利他」です。だから続けられたし、抜けた今でも事あるごとに人に勧めたりしています。
つないだあとは
じゃあつないだあとどうなるの? ってことですが、それ以上もそれ以下もないです。つながって、何かが起こって「良かった良かった」で終わるというか。ただ、そこでいいつながりができたら、“ウララの宮田さん”の名前と顔は記憶に刻まれるんです。もしあるとするならば刻まれたい、が“欲望”なのかもしれません。
刻まれた後にどうなるのかって言われても、実際わかりません(笑) 刻まれたから何かが起きるわけでもないですしね。ただ一つ「とりあえず宮っさんに聞いてみよう」と思ってもらえるようになったかなぁ、と、おぼろげに感じています。
この“脳内検索第1位”というのが、数字ではないかもしれないですが、結果なのかもしれないです。求めたわけじゃなく、結果として“脳内検索第1位”になった、という感覚です。この言葉も取材を通じて「いい言葉やなぁ」って思ってよく使っています。
それが巡り巡って「福井のことならウララの宮田さんに聞いてみよう」になっていくんかな、って。映画『福井のおと』のときもそうでした、何か人を探してるというときもそうでした、美味しいお店はよく聞かれます(笑)
田舎=何もない論
その懇親会で、隣に座った方とお話をしたとき「何もない街で何が面白いの?」と、直接はそう言わないんですが、そんなイメージで福井のことを見ていて東京に出られていたんだなって。
でも、それはその人が初めからそう思っていたわけじゃないんですね。そう思わせたのは他ならぬ「親」です。その方は40年以上前に福井を出ているので、ウララの存在さえ知りません。街がどうなっていったかも知りません。そうさせたのは「親」なのです。
今はどうかはわかりませんが、「福井なんて働くところはないから、いい大学に入っていい会社に行きなさい」と、聞いた記憶ありませんか? もしくはそう言っていませんか? 田舎=絶望というのがずっと付きまとっているんですね。
確かに、やりたいことが見つかれば、それができるのが例えば都会ならば、都会に行けばいいと思います。プロ野球選手になりたいのに、福井にいろ、なんては言わないでしょう。つまり、目的、目標、夢があって初めて東京での暮らしや挑戦が充実したものになるんではないかな、と思います。
でも、中学、高校の時点でそれを明確に言える人はそうそういません。大学に入ってもなお、卒業してもなお、仕事をしていてもなお、明確に言える人はそれほど多くはないかもしれません。だから親心で「いい大学に入って、いい会社に就職しなさい」が発動するんかな、とは思います。
いい大学、いい会社
じゃあ「いい大学」と「いい会社」とは一体何だろう、ということになるんですね。「いい大学」とはもちろん偏差値の高い大学のことでしょう。そこは異論のはさむ余地がないです。いい大学に入れば、就職決定率も必然的に上がっていくでしょうしね。それは日本の企業がそうした偏差値偏重主義でもあるからで、それは「いい会社」であればあるほどそうなのだろうと思います。
「いい会社」。これがまた難しい……。まずは名の知れた、社員数が1000人とか1万人とかいるような会社。地方は都会ほど情報がつぶさに入るわけではないので、一番わかりやすいのがTVCMを流している会社、とでもなるでしょうか。あとは新聞紙上で、いい意味で情報が取り上げられる会社、とか。つまり、目立ってる会社、なのかな…。良い意味で目立っているのは大きな会社だから安泰、と、子供の幸せを思っての考えなのでしょう。
ただ、親が感じる幸せと、子供が感じる幸せはちょっと、いや随分違ってきているんではないかな、とも思います。もちろん安定した暮らしをしたいのは誰もが思うことです。でもそれはイコール親が考える「いい会社」でなくてもできる、ということです。
そしてそれは福井でもできる、ということです。福井にはいっぱい「いい会社」があります。その会社が自分の目的、目標、夢と合致したら、その子にとっては「天職」なわけです。昔よりも生徒・学生と社会の接点が増えたのも大きいのかな、とは思います。そうしたことで情報が入りやすくなっている、というのもあると思います。いろんな会社を見てきましたが、福井はまんざらでもないですよ。
楽しそうに人生を送っている理由
「コロナなんかなかったかのように楽しそうにしている」と言われました。福井に住んでいるのに、という言葉が含まれている感覚でしたが、きっとコロナの頃東京にいることに疑問を持ったんだと思います。東京にいることの意味が揺れた瞬間だと思います。それは東京で働くことへの意味が揺れたということでもあるかもしれません。
やっぱり、東京にいて感じたのは、人が多過ぎるので逆につながりが薄くなってしまうんだろうか、ってこと。孤独感に苛まれてしまうんではないかな、ってこと。これはいきなり福井に来ても同じことが起きると思います。知らない土地にポツンと来たところで、やっぱり孤独感に苛まれてしまいます。
これが楽しそうに見える一つの理由なのですが、知り合いが極端に多いということです。知り合いが多いから孤独を一切感じないです(むしろ嫁さんが孤独を感じてるかも…)。そういう意味では東京にいても福井にいても、知り合いが多ければ多いほど、生きていくのに辛さを感じないんです。
だから自分は人と会いたいんだろうな、って思います。別に孤独を感じているわけでもないし、むしろ多過ぎて追い込まれてることのほうが多いですが(笑)、福井のまちづくりをしたいという“欲望”に、精神的な健康≒笑っていられる≒人生を楽しむ“欲望”を求めた結果が「人に会いたい」、「人を知りたい」になり、今の仕事を通じて「人をつなぎたい」になったんではないか、と感じました。
東京ー福井間のパイプがない
今回、いろんな県人会の方と会いました。福井を好きでいる気持ちはよくわかりました。ただ一つ、感じたのが「福井とのパイプが少ない」ということでした。福井を何とかしたいというビジネス的にも心情的にも思っている方ばかりでしたが、「どうしていいかわからない」というのがずっとどこかに引っかかっている感じでした。
そりゃあそうだろうな、っても思いました。だって福井出身もしくは福井が好きな、東京でビジネスをされている方ばかりの集まりだから、福井の生情報が入りづらいのかもしれないです。「つないで」っていう言葉を誰にどう伝えればいいかで止まっているのでしょう。
同じように、福井でも東京とどうつながっていけばいいかわからない人も多いと思います。でも大丈夫。僕の友人が今東京に転勤になって役職ついて頑張ってるから(ってプレッシャーかけてみた笑)。二人はつながっているのでパイプができたす。
もう新幹線延伸まで1年を切って、ほんとにお尻に火が付いた状態の福井県。今回も参加されていた杉本知事が100年に1度のチャンスというように、本気で取り組まなきゃ、って思います。そう思いながらも日々は日々で。ちょっと自分も忙しくしないといかんすね。寝る時間もなくなるな、こりゃ。