ふぇぐい?
久しぶりに会いました、「ふぇぐい!」って感じた人。「ふぇぐい?」。まぁ、無理もありません、今作った言葉だから(笑)。簡単に言うと「ふくいのエグい人」って意味で。とんでもないことを考えたり、やっちゃったりしている人に「ふぇぐい!」って使うようにしました。
前職のままだったらすぐに取材を申し込んでいましたが、今はさらに早い。思い立ったらすぐにブログに書けるのだから。それに文章の制限がないのも魅力です。書きすぎるきらいはありますが…。ということで許可もいただき「ふぇぐい人」Vol.1です。
稲作家?
松田優一さん。ご自身のことを「稲作家」と呼んでいました。本業は福井市にあるさまざまなプログラムを作る会社「ナチュラルスタイル」の社長さんです。出会ったのは昨日、それも滋賀県で。友人がイベントを開催するというので、お店を早引けして車ですっ飛ばしていきました。が、到着した時点で終了…。でも友人が紹介してくれたのが松田さんでした。「同じ福井人ですよ」と。
で、何を展示していたかというと「ディノヒカリ」という卵型の何か。この時点で何かはわからないのですが、このイベントの根底には農業があるのでお米だろうと。その通りお米、なんですが、このお米がとんでもない代物でした。無農薬、無堆肥、無施菌のお米、つまり田んぼには水しかない中で育てたお米、ということでした。
普通のお米の栽培には肥料や農薬、それに発育を促す菌などが用いられるそうです。無農薬栽培だと農薬使っていない、有機栽培だと天然由来の素材で作られた肥料とかを使ってもいい、自然農法はそれらを一切使わない農法で、いわば「ディノヒカリ」は自然農法に近いかもですね。でも想像する自然農法をAIのチカラで数段格上げした感じでした。
天敵を撃退するために
お米の栽培って何が天敵かわかりますか? 雑草です。とにかく繁殖力が強いから、抜いても抜いても生えてくるし、放っておけば人の手で育てられ植えられた米の苗なんてあっという間に駆逐されるわけです。じゃあ除草剤を使って楽になる、と思いきや、その結果虫が寄ってきて今度は防虫剤を使うってことになるんですね。もういたちごっこ。気が付けば除草剤防虫剤で土壌が弱るから今度は化学肥料で稲の生育を良くする。
こう書くと、「本当にいつも食べてるお米って安心なん?」って思いますよね。まぁまぁ、稲にそこまで害が及ぶってことはない、とは思いますが(多分)、でも自分で書いてみてちょっと空恐ろしさを感じたりもしています。松田さんもそれを感じたのですが、それが今から20年前のことでした。
生まれたお子さんに離乳食で自分の田んぼで育ったお米をあげようとしたその瞬間、「この小さな子にも安全なお米を自分は作っているのだろうか」と頭をよぎったそうです。兼業農家であるから、効率化をどうしても最優先して、上記のような作り方をしていたんです。そんな作り方でいいのか、無農薬栽培を進めなければいけないのではないか、そう感じ、試験田を作って無農薬栽培に取り掛かります。
除草さえすれば無農薬栽培なんて簡単、当初はそう思っていたそうです。事実試験田で始めて1年目は普通に収穫できました。2年目、雑草が少しずつ生え、収穫量も減り、3年目、雑草の繁殖力に負けてあっという間に収穫がなくなってしまいました。当初の見通しは3年でもろくも崩れ去っていきます。
ロボット開発へ
全国のお米農家は全員同じ悩みを持っています。その中で、無農薬で人の手を煩わせることなく除草ができるのはロボットだと、多くのメーカーが除草ロボットを開発し発表していました。松田さんもいろんな場所に行き、いろんなロボットを見てきました。でも何一つピンとくるものがありません。重すぎる、取れなさすぎるなど、いろんなアイデアは生まれ、形にしてみた的な、まさに除草ロボット黎明期。
その中で一社、自動車メーカーが開発した、スクリューで動く除草ロボットに可能性はあるのではと感じ、メーカーに直接打診して、制作者に会いに行きました。売ろうなんて考えていない、ただ研究開発の為だけで同じ感じのを作ってみたい、と直談判です。その行動力の時点で「ふぇぐい」んですが(笑)。そこでなんと快諾いただき、写真を見ながらロボットの試作に取り掛かります。
と、書いてみたものの、すぐにロボットの試作? って思うわけです。普通の人ってそうそう簡単に試作できるもんじゃないじゃないですか。そう思っていたら、松田さん、高専出身でした。それもロボット分野。プログラム会社だから情報処理系かと思いきや、それは寮の友達に教わりながら覚えていったという“趣味の延長線上”だとか。それでもビジネスにしちゃっているところが、なんとも高専恐るべし、って感じです。松田さんの吸収力と理解力と対応力も恐るべし、なんですが…。
で、スクリューで動く除草ロボット、できました。動かしました。草、取れませんでした…。何かが違うのか、何かが足りないのか、改良に改良を重ねますが無理…。それに田んぼといっても地面が水平ではありません。その段差を越えられない欠点も見つかりました。きっとスクリューは違う、いったん白紙です。
「Okaki」誕生!
再び手搔きで除草作業に終始する松田さん。手搔き、手搔き…、手搔き! この手搔きの動きをロボットにしたら…。そうして再びロボット試作に取り掛かります。そうして誕生したのが「Okaki」でした。これがとても画期的なアイデアで「ふぇぐい」んです。
除草する手搔きのようなブラシの部分自体が推進能力を持っていて、生えたばかりの小さな雑草を掘り起こして根っこごと浮かせてしまいます。雑草は繁殖力が強い性質があるので葉を大きく広げます。実はそれが仇になり、小さな雑草は浮力が付いて根付かずに枯れる、という仕組みなのだそうです。段差があってもブラシの推進能力の方が高く、簡単に乗り越えてしまうのだとか。
何よりも「Okaki」自身が田んぼの形と大きさを自分で学習して全体的に除草し、ソーラーシステムで自家発電、使い切っても自家充電、GPS機能も付いていてどういう行路を行ったかもわかるし、と、プログラマーの本領発揮的な「ふぇぐい」システム!
かつての田園風景に
その結果どうなったか。ここからが一番大事。無農薬、無堆肥、無施菌の田んぼに水生生物が山ほど棲息するようになりました。それらはカエルやトンボになるんですが、カエルやトンボってのは肉食なんです。つまり稲に寄ってくる虫を食べるんです。さらに、松田さんが夏に畦を歩いてくるとトンボが寄ってくるそうです。人間がいると蚊が来るのでそれを食べるからです。おかげで試験田の周りに半袖短パンでいても蚊に刺されない、何という自然サイクルの妙。そしてこの自然体系の頂点にいるはずなのが「トキ」です。
というか、元々日本の田園風景はそうだったんです。それを効率化で無くしてしまっただけです。この話はたった2年の間に変化した話です。苦節20年の末に開発した「Okaki」を2年使っただけ。それでかつての田園風景を取り戻せるんです。松田さんが目指す「トキの舞う世界」を。
田植えのやり方も変えた
加えてここも超絶ブレイクスルー。田植え、一切しない。田んぼの中、一切入らない。「Okaki」を稲刈り後に半年間、春まで水を張った田んぼに稼働させるだけ。ある程度苗が育った時点で「Okaki」を稼働させるだけ。田植えの代わりに畦から種籾を撒いておしまい。もちろんそこから除草作業一切なし。
もう、日本の農業を根本から変えていくとしか思えないじゃないですか! 早速ライセンス提供を希望してきた会社も登場、そこから商品化もされています。自然農法をしている会社が「Okaki」の商品化版を使ってみて発した一言「除草作業が10割削減されました」がすべてを語っています。
もちろんこれには大きなビジネスチャンスの部分もあるでしょうけど、松田さんの願いはそこじゃなく、環境に優しい農業を、子どもたちに安心できるお米を、兼業農家が多い中でもできるシステムを、そして日本中に「トキ」が舞う世界を作りたいのです。
経済優先からトキへ
ビジネスは二の次、何よりも今の日本の農業を憂い、稲作家として「Okaki」とともに啓蒙活動を行なう松田さんの姿勢に、全国から問い合わせも来てるそうです。商品化版ではないプロトタイプというかオリジナル版の「Okaki」を全国の農家で使ってもらっているようです。
経済最優先の農業の弊害を、きっと農家の方々は直面していると思うんです。衣食住って、生活の根幹でもあるんですが、食は人間の三大欲望にも入っているし、そもそもが生命を維持するために必要なもの。それをお金優先にしたら、生命維持を脅かす、ということにもなりかねません。食料自給率も低い、耕作放棄地も増えている、人口も減っている、本当に日本の農業は危険水域に突入しています。
DXってそれを解消して働き方、世界観を変えるもの、って言われていましたが、まだまだ言葉が先行して形だけになっている感があります。松田さんのアイデアは本物のDXって感じがします。これは、ものづくりとプログラムと農業の技術と知識、これまでの人生で得た経験がすべて上手く絡み合った結晶のようなアイデア。時代が進んだからこそ目指すことのできる、トキの舞う世界。
もう、ふぇぐすぎました。感動しました。このアイデアで日本の農業が変わるとうれしいです。未来を明るく見せた松田さん、これからもチェックしてきます!
おまけ
これ以降は、かつて前職で書き続けた「RisingSun」という人物特集の記事っぽく書いたものです。こういうの好きって言われるので、人物特集ですし追記してみました。
「この小さな子にも安全なお米を自分は作っているのだろうか」。
資本主義社会は経済優先の仕組みに作り替え、それまでの社会基盤を駆逐していった。日本における基盤であり、生命の基本である農業もまた、その歯車の中に組み込まれ、効率化だけを求められる。人口減少による弊害も加味され、日本のいたるところで耕作放棄地が増加していった。
農業は儲からない。この言葉を何度聞いたことか。誰もが費用対効果を求め、安心安全をないがしろにしてきた。未来を背負っていく子供に何も残していないのでは、このままで日本の農業はいいのか、そう気付かせてくれたのは生まれたばかりの自分の子供だった。安心安全をもう一度。彼は無農薬農業に取り組み始めた。それが20年前の出来事。
米作における最大の課題は除草。手間暇かけて育てられた苗が、名前のない何百年も虐げられてきた草の生命力と繁殖力に適うはずがない。無農薬と頭ではわかっていても、自然はそのようになってはくれない。何度も挫折を繰り返し、何度も止めようとも思った。しかし、時代が追いつき始めた。ロボットの登場である。黎明期のロボットを試したこともあった、プログラマーでロボット専攻の学校を出た彼にとって、農業とロボットがつながったことで一歩前進したが、やはり何度も挫折し、何度もあきらめかけた。
すべてを一からやり直し、手掻きで再び雑草を取り除いていたその瞬間、頭の中でこれまでの挫折の繰り返しの経験がつながりあった。そして完成した除草ロボットは、農家が永遠に頭を悩ませていたことを、メーカーが開発に頭を悩ませていたことを解決した。製品化されたロボットを使った農家が言った。「除草作業が10割削減された」と。この一言がすべてを物語っている。
構想から20年、昨年完成した除草ロボットを田んぼに放った。翌年、その風景が一変した。田んぼの中に水生生物が無数に生息し、成虫したトンボやカエルが舞い、かつて日本が持っていた豊かな田園風景に戻ったのだ。その間、彼は田んぼに何もしていない。田んぼにも入らない。畔から種もみを撒いただけ。苗が成長したらロボットを放っただけ。米作の常識さえも一変させたのだ。
農業の経験、ロボットの経験、プログラムの経験。すべての経験の結晶が、日本社会の基盤を取り戻した。DXは社会を変えると息巻いたが、本当に変わったことはほんの少し。社会を変えるということは未来を作るということ。経済優先で“日本”を失い続けた自分たちの罪を、次の世代に引き継がせるわけにはいかない。彼とロボットが残していきたいのは経済ではない。あるべき“日本”だ。その象徴こそが「朱鷺」。里山生態系の頂点に立つ朱鷺の舞う世界。これこそがDXのあるべき姿なのかもしれない。