2度目の講演

先月の熊本に引き続き、今回は和歌山にて講演をさせてもらえました。
今度の会場は和歌山大学。2011年の「フクイ夢アート」からもう15年間、”同志”のような存在の、木川剛志くんからのお誘いでした。SNSで熊本の講演をアップしたら、すぐに予定を作って誘ってくれたのです。
木川くんとは、実は講演として呼ばれたのは2度目(多分)。その前は2人でのトークイベントだったので、単独としては熊本に次いで2度目、ということになります。

この、最初のトークイベントが、県外での初、ということだったのですが、これが何故呼ばれたか、というと、2018年に”14徹(14日間徹夜)”をしてまで完成させた『高浜Days』という雑誌の完成イベント的なものでした。
『高浜Days』とは、福井県の最西端・高浜町だけを特集した雑誌で、高浜町の文化や食、歴史、イベントなどを網羅した一冊です。18年に出版した後、24年に改訂版を出して、今度は無料で配布ってことになり、今はオンラインで読むことができます。
2018年の冬
この雑誌制作時の2018年冬は“30豪雪”と呼ばれる平成30年の豪雪の年でした。福井では“38豪雪”(昭和38年)、“56豪雪”(昭和56年)と呼ばれる年があり、それに匹敵するくらいの年だったのです。交通機関はマヒして、物流も交流もストップし、それでも雑誌の締め切りはやってくるので、かなり追い込まれた経験があります。
当時仕事を抱えていて、あと2週間で200ページ分を制作するスケジュールとなり、結果、14日間徹夜せざるを得なかったわけです。まぁ、徹夜と言っても睡眠はしました。朝8時30分に家に帰って、追い炊きをしたまま半身浴で気絶するように20分眠り、10分で着替えて朝9時に出社、という生活でした。
今思えば無茶苦茶な2週間でしたが、でもあの経験があったからこそ、今はどんな局面でも「明けない夜がないように終わらない締め切りはない」と、いつでもプラスに物事を考えることができるようになりました。やっぱりね、人生はどこかのタイミングで“無茶”することが必要なんですよ、って思ってます。

言っておきますが、「やらされて14徹」ではないですからね。自分で仕事を取ってきて、自分で作っていくので、それらはすべて自分の責任の下で、「仕事したくて」の意識で行なっています。思いますけど、”無茶”は若いうちにするのがいいです。って言っても、2018年の時点で48歳だから、何をいいおっさんが、って感じですが(笑)。まぁ、現場が好きなのでそうなっちゃいます。
“キャパオーバー”という言葉もあちこちで聞きますが、キャパシティは自分で線引きするものではなく、自分次第で引き上げることができます。そのためにも、今の自分の“限界点”を超える行動は必要なんではないか、とは思います。まぁ、そもそも人間に“限界点”なんて線はないですよ。

『高浜Days』はそもそもですが、かつて『rural』という、福井・石川・富山・新潟・長野の5県で雑誌を作っている会社が一堂に会して5県の情報誌を作ったのがきっかけです。長野県の会社が長野の市町村に営業をかけてその町だけの雑誌を作るプロジェクトをしていて、これは福井でもできるんじゃないか、と、高浜町に営業にいったんです。
もうね、何回足を運んだかわからないくらい、高浜町に1年間通い詰めました。おかげで高浜町の強み、というものも知ることができましたし、課題もいろいろと感じ取ることができました。
その『高浜Days』を、和歌山県の書店さんが木川くんを通して購入して販売してくださるということで、話をしに行きました。高浜町でのまちづくりについてのトークイベントで、観客の皆さんからの質問も多かったのを覚えています。
映像とまち

あれからもう8年が経ったのか…。なんか感慨深いものがあります。あっという間の8年だったし、コロナもあったからなおさら早く感じるのかもしれません。とは言いつつも、毎年のように和歌山県(ほぼ田辺市と白浜町ですが)に足を運んでいるので、それもまた「しばらく来てなかったな」という感覚にはなっていないのかも。
さて今回の話題、「映像とまちづくり」についてのお話ですが、「ふくいムービーハッカソン」もしているし、「福井駅前短編映画祭」もしているし、今では木川くんが立ち上げた「日本国際観光映像祭」の審査員もしているし、とにかく映像とまちづくりの話はうってつけという内容でした。

映画とまちづくりに関してはこのブログサイトで書いていますので、ここでは書きませんが、聴講に来られた方は学生よりも社会人が多かったのが印象的でした。そっかー、講演含めての4時間近い授業はさすがに受講しないか…。
まぁでも、行政関係の方や地域のまちづくりに関わる方々が大勢来られていたので、それはそれで何かを感じてくれた、かな。何を話したかというと、観光とまちづくりって同じですよ、ってことと、映像って街の今を外に持ち出すことができる“ツール”ですよ、ということです。
観光とまちづくり
観光とまちづくりって、似ているようで似ていないようで、でも似ているようで、って思っています。そもそもですが国土交通省が「観光まちづくり」というタイトルでレジュメも出していて。そこでの観光まちづくりとは、ってことが以下の通りです。
人口減少時代を迎えて、特に地方都市では、街なかの空洞化や山間部の過疎化が続いています。しかし、一部の地方都市では、外と中の人の交流から、ローカルな資源やライフスタイルに根ざした小さな経済活動が生まれることで、遠くからも人を惹きつけ、人と人との交流や賑わいが生まれる場所が発生しています。
そのような場所では、今まで別々に行われる場合が多かった、地域が主体となって行う継続的な「まちづくり活動」と、「外から人を呼び込む活動」が、まちに根ざした創発人材 の活動によって一体的に取り組まれ、自治体と連携の下、小さな経済活動の種が育ちやすい土壌がつくられていました。
個性的で素敵な暮らしが失われていたり、体験しづらくなっているまちにおいては、外の人の力も借りて、潜在的な資産を見つけ出し、光を当てたり、新しい形で創り出したりして、内外の人に体験できるようにする土壌づくりから始めることが必要です。
このガイドラインにおける観光まちづくりは、まちに根ざした創発人材が、上述の土壌づくりに継続的に取り組んでいくことによって、遠くからも人が訪れ、小さな経済活動が活発化し、ひいては空き地や空き家などが活用されるなど、地域の活性化と生活の質の向上に資することを目指しています。
※創発人材・・・創造的なまちづくり活動と積極的な情報発信を行う人材や団体を指す。(造語)
(観光まちづくりガイドライン 国土交通省都市局都市政策課 平成28年3月)
自分のPCにてGoogleで「観光まちづくり」で検索すると、トップのサイトが平成28年という10年以上前のレジュメ。なのに、昨年あたりにアップされた記事では「観光まちづくり」を当たり前に使っています。ということは、日本ではかなり早い段階でこの言葉を使い、浸透させてきたってことですね。
上記の言葉を要約すれば
観光まちづくり=地域の人が生み出す“モノコト”が観光になる
ってことかな。
being観光


最近、よく人に伝えている言葉があります。「being観光」という言葉です。観光、というか旅に求めるものって、時代によって変わり始めているのでは、と思い、かつ、地方での観光においてこの考え方がいいんではないか、ということでよく使っています。この考えは「日本国際観光映像祭」のときに登壇した”福島の勝さん“に教わりました。
時代における観光のあり方、それは「seeing→doing→being」という考え方です。
そもそもですが、観光という言葉の由来は「観国之光、利用賓于王」(国の優れた文化や風景を観察して、王に仕えるのが良い)という、『易経』に出てきた言葉とされていて、それが転じて「その国の良いところを見て回る」的な意味に変わっていったとされています。つまり「見る(seeing)」ですね。
例えば、大自然が観光地になっているところってあります。それらは人の手が入っていないわけではないですが、人間の力ではいかんともしがたいチカラによって生まれ、存続しているもの。だからこそ人間の想像も及ばない景色として人を呼び込む“観光地”になっています。

ただ、時代が下ると「見る」だけでは物足りなくなるんでしょう。なにかしらの「行動」も思い出になるということで、「する」観光も出てくるようになります。いわゆる体験ものですね。
福井で言えば伝統工芸品のワークショップもそうでしょう。そのままお土産になって「思い出」に変わりますしね。今の流れで言うと「自分も写っている写真を撮る」もその一つかもしれません。「この観光地に行きました!」という発信も「する」に近いかも。
で、ここからです。次の観光として「being」ということになるんですが、これは「見る」「する」と一言で言い表しづらい言葉になるんですが、言うならば「いる」ですか。
いる観光?

「いる」ってなんやねん、って感じですけど、もう少し詳しく言えば「いてもいい」、「落ち着く」、そんな意味を含んでいるというか。「(居心地のいい場所に)いる」旅、がわかりやすいかな。
では、居心地のいい場所ってなんでしょう? 巷では「ウェルビーイング」とか「マインドフルネス」とか「サードプレイス」とかヨコモジが跋扈しています。いつか言われなくなるんかなぁ、とか思いながらも、これらの言葉の底に流れているモノが「いる=being」な観光だと思うんです。
やっぱり、日本人の旅の仕方って、結構スケジュールぎっしり、って感じだと思いませんか? 福井にいてビール屋さんでバイトしてて、外国の人とかの話を聞くと、1か月2か月なんてのはよくあることで、最長で1年日本を旅してる、って人たちもいました。
ここで多くの日本人はこう考えます。「そんなに長い休みは取れない」と。「そこまでするなら会社を辞めてからする」と。そうです。もはや働き方が全く違うので、結果的に旅の仕方も変わります。
となったときに、働き方の変わらない日本人にとっての旅の仕方はどうあるとより中身の濃いものになるだろうか、と考えるわけです。ということと、これから観光に力を入れていく後発の街にとって、既存の「seeing」観光地とどう差別化するか、と考えるわけです。
その最適解がリープフロッグだ、「being」観光だ、ということに思いが至りました。そのときに「居心地のいい」観光って何だろう、「居心地のいい」旅ってなんだろうということです。
先日のブログでもそうでしたが、「人は人に会いに旅に出る」という一家言とともに、人に会いに行く旅が、その場所の思い出になるのだと思っています。つまり、「人が観光地」ってことです。
生活も旅もbeing
これは旅だけではなく、日常生活においてもなんですが、人は居心地のいい場所を意識のあるなしに関わらず選んでいると思います。仕事もそう、遊びに行くのもそう、ご飯を食べに行くのもそう、住む家にしても、家族にしても。
それって、旅にしてもそうなんじゃないかな、って。居心地のいい場所は人それぞれで、テーマパークの人ごみの中にいるのが居心地がいいと感じたりもするし。大平原の中にポツンといるのが居心地がいいと感じたりもするし。
ただ、そこにはきっと、“人”が介在すると思うんです。人との交流に、旅の思い出が記憶されるというか。自然を、施設を「見る」だけでは記憶に留め切れないから写真を「撮る」ことで後々に定着していくのですが、そこにその土地の人と「話す」ことで、その記憶はより強烈になっていくのです。
つまり、その土地に訪れた人を歓待する、その土地の人たちの“器”。この器が大きければ大きいほど、「あ、自分はここにいてもいいんだ」と、「あ、自分はこの場所で認められているんだ」と感じます。
例を挙げます。あなたは遠くの地に旅に出かけました。初めての場所で、ある程度調べてはみたものの、とりあえず街を歩いていたとします。そのとき、その土地の人に会い、あなたにそっけない態度で接してきたら、あなたは訪れた場所のことに対して良いとは思わないでしょう?
逆に、優しく迎え入れてくれたら、温かく迎え入れてくれたら、印象は良くなるでしょう? それです。そういう街を作っていこう、というのが「being」な観光、旅なのです。
これって、施設を建設する費用もかかりません。交通を整備する必要もありません。ただただ、その土地の人が、訪れてくれた人たちに対して「ようこそ」と心から言える思いを持つだけです。
街を好きになる

これは行政主導でできるものでもなく、民間だけでできるものでもありません。官民連携での機運醸成が必要かな、とは思います。
この醸成で一番必要なこと、それは「この街に住む人たちが、この街のことを好きになる」ということです。そしてこれが一番難しいわけです。
みなさん、聞いたことありませんか? 「うちの街には何もない」という言葉。何もないのではなく、何か愉しいもの、面白いと感じるものを見つける、という意識が必要です。
「何もない」という方の多くは、テーマパークや大型商業施設など、いわゆる“ハコモノ”であったり“人から与えられているもの”がない、という認識です。「何もない」という方の多くは、街に対してネガティブ思考を持っていて、何かあると思う前に外を見てしまいます。
与えられるものに満足するよりも、自分で自分の街の何かを見つけて愉しむ。そういう意識を持つことが、観光まちづくりにおいて大切なことかな、と思います。
そして和歌山

そして和歌山。初めて和歌山市に行ったときに感じたのは「えらい広い街やなぁ」ということです。先日の熊本市でも感じたのですが、有力な大名がいた街はデカいです。繁華街にしても、いろんな街が点在しているようなイメージでした。
ただ、熊本市には人が集まっているのですが、和歌山市は人が少なくなっているというか。やっぱり大阪という大都市が近くにあるからなぁ…。みんなそっちに行っちゃうのかな…。
ちょっと感じたのは、街なかにあんまりチェーン店系がないかな、ってこと。それはそれで街の雰囲気というか文化というか歴史というか、そういうのを感じます。これ、岐阜市でも似たような感じだったなぁ。やっぱり近くに大都市がある街ってこうなるのかな。
そして熊本市と同じで公共交通機関の駅が中心地から遠いってこと。さらに和歌山城が街なかから離れているってこと。だからこそ観光が車中心になってしまう、イコール、街なかに人が来づらくなる、ってなってしまうんですよね。そのことを、講演に参加されていた方から聞きました。
そういう意味では福井市はまだ駅の近くにお城跡があって、駅の徒歩圏内に街なかがあって、人口に比例した街の大きさであって、意外とコンパクトにできてるもんなんだなぁ、って思います。外を見ることって大事よね。
公共交通機関も、福井の人は「ない」と言うけれど、実際県外から来た人は「そんなに不便だとは思わなかった」という声を聞きました。もちろん、本数は少ないのでしっかりとスケジュールを組む必要はあります。これから福井に来る方、電車もバスもあるから大丈夫と思うと、案外見て回ることができないので気を付けてくださいね。わからなかったら最適ルートを教えます。
和歌山の旅の仕方

別段エリア分けをする必要はないですが、和歌山市はいろんな顔があるんだろうな、っては思います。街なかの水路もお堀の跡だろうし、ますます和歌山城の大きさを感じます。
ならば水路の街歩きだって楽しめそうですし、隠れた名店とか、いろいろ小さい店がたくさんあるので、飲み食いしながらの街歩きはできそうな気がしました。歩くのにガイドは必要ですから、2時間3時間の超街歩きを楽しめるガイドのコミュニケーション力を高める講座もあるといいと思いました。
「楽しいよ」、「面白いよ」、「深いよ」。この3つの思いを持っている人を自分の街で育てていくこと。それが観光まちづくり、「being」旅を成就するための近道だと、今は思っています。
そのためには、まず自分が愉しむことです。熱い思いを持っていても、それを強要するのではなく、いろんな人の思いを聞き、同じ目線で、同じ方向でいろんな人を巻き込んでいくこと、です。まずポジティブに、自分を愉しむことから始めましょう。
翌日の大爆走

翌日、木川くんに誘われ、奈良にも足を伸ばしました。吉野郡大淀町にある「光明寺」にて映画塾なるイベントを開催していて、木川くんが制作した長編ドキュメンタリー映画『Yokosuka1953』の上映と、塾長とのトークイベントに参加してきました。
この、塾長がまたすんごい人。『私をスキーに連れてって』、『スワロウテイル』、『リング』、『南極物語』などなど、聞いたことのある映画だらけのプロデューサー、河合真也さん。いろいろとじっくりと、お話ができました。今の映画業界の話や課題なども聞けました。

でもって、せっかくここまで来たからって勘違いして、白浜町まで行き、滞在5分で「福井大返し」。急いで帰って、途中で寝落ちして、それでも2:30には帰ってこれて、サウジアラビアのライブをパブリックビューイングという、とんでもない1日を過ごしました。やっぱ、やる気と愉しさがあれば、年齢なんて関係ない、ってことです(笑)。


